本記事では、ERPを導入する上で避けては通れない”売上原価対立法”について解説します。

売上原価対立法とは売上を計上する都度、売上原価を計上するという会計処理のやり方のことです。

ERPを導入することの大きなメリットの1つとして「リアルタイム経営の実現」というものが挙げられるのですが、これは売上原価対立法を採用することによりもたらされる部分が非常に大きいのです。

売上原価対立法とは

売上原価対立法とは”しーくりくりしー”がない世界のことです。”しーくりくりしー”とは、簿記3級の教科書にでてくる重要な概念で、決算整理仕訳の一つです。

「帳簿棚卸」とか、「売上原価の算定」といった文脈で登場してきます。”仕入繰商繰商仕入”という念仏的キーワードとして表現されることもあります。

そしてこの、”しーくりくりしー”の正式名称のことを三分法と言います。

多くの日本企業はこの三分法という方法で会計処理を行っているのですが、当社が取り扱っているDynamics 365 Business Centralのような、ERPと呼ばれるシステムを導入する場合、三分法ではなく売上原価対立法という別の会計処理に切り替える必要があります。

そして、これはよくある誤解なのですが、売上原価対立法と三分法で利益の計算結果が変わることはありません。過程(仕訳の切り方)が変わるだけです。

なので、売上原価対立法を採用するにあたり、会計処理の方法が変わるから税務署に届け出をださなきゃ、なんてことはありません。

法人税の金額は1円も変わらないからです。

三分法の仕訳例

まずは、以下のボックス図を使って三分法(しーくりくりしー)と売上原価対立法の違いを簡単に説明したいと思います。利益を計算する順番が異なります。

三分法では以下のように、①②③が決まった後に差し引きで④が決まり、結果⑤が計算されます。つまり、月末の在庫金額が決まった後に差し引きで原価が算定され、その結果として利益が把握されます。

利益 = 売上 – (期首在庫 + 仕入 – 期末在庫)

これが有名なしーくりくりしー(以下の仕訳)の考え方です。

月末に以下の仕訳を計上することで、当月の利益が算定されます。

 

勘定科目借方貸方仕訳の意味合い
仕入100期首棚卸高を原価に参入
繰越商品100期首棚卸高を原価に参入
繰越商品150期末棚卸高を原価から控除
仕入150期末棚卸高を原価から控除

実務では仕入ではなく期首商品棚卸高、期末商品棚卸高という科目がそれぞれ使われますが、これは会計ソフト側の都合によるものなので、ここでは詳細は割愛します。

売上原価対立法の仕訳例

一方、売上原価対立法では以下の①②③の順番で利益が計算されます。

売上を計上する度に、それに対応する原価(在庫の払出金額)が都度計算され、結果として取引単位で利益が把握されます。

利益 = (売上 – 在庫払出金額) の合計

つまり、月次決算(いわゆる帳卸、帳簿棚卸)を行わなくても常に正確な在庫評価額と利益が算定されることになります。

そしてくどいようですが、在庫評価方法が同じであれば月末時点での利益の金額は三分法で記帳した結果と同じになります。

仕訳例:非製造業の場合

モノを仕入れたとき(例:10個 x @10円):

勘定科目借方貸方仕訳の意味合い
商品100仕入 = 10個 x @10円
買掛金100

モノを売ったとき(例:5個を@15円で販売):

勘定科目借方貸方仕訳の意味合い
売掛金75
売上75売上 = 5個 x @15円
売上原価50原価 = 5個 x @10円
商品50在庫払出 = 5個 x @10円

仕訳例:製造業の場合

材料を仕入れたとき(例:10個 x @10円):

勘定科目借方貸方仕訳の意味合い
原材料100仕入 = 10個 x @10円
買掛金100

材料を消費したとき(例:5個 x @10円):

勘定科目借方貸方仕訳の意味合い
仕掛品50
原材料50在庫払出 = 5個 x @10円

製造指図にもとづき作業をしたとき(例:60分 x @1円、製造間接費率50%):

勘定科目借方貸方仕訳の意味合い
仕掛品60
他勘定振替(労務費)60直接労務費 = 60分 x @1円
仕掛品30
他勘定振替(製造間接費)30製造間接費 = 60円 x 50%

製品が完成したとき:

勘定科目借方貸方仕訳の意味合い
製品140
仕掛品140製造原価 = 材料費50円+労務費60円+間接費30円

製品を販売したとき(例:3個 x @60円):

勘定科目借方貸方仕訳の意味合い
売掛金180
売上180売上 = 3個 x @60円
売上原価84原価 = 3個 x @28円 (= 140円 / 5個)
商品84在庫払出 = 3個 x @28円

※製造業の場合は売上原価対立法を包括する概念である、継続記録法による仕訳例を記載しています。

売上原価対立法を使うメリット

ここからが本題ですが、狭義のERP(統合型の基幹業務システム)を導入する場合、三分法ではなく売上原価対立法を採用することになります。

これはDynamicsに限らずSAPやOracleでも同じです。

そして、長らく三分法で会計処理を進めてこられた経理担当者様や、その裏側にいる税理士さんにとって、これが大きなストレスになることがあります。(もちろん、そうじゃないケースも多いです。)

しかし、企業会計もっと言えば経営管理という観点から考えた場合、売上原価対立法を採用することには非常に大きなメリットがあります。

売上原価対立法を採用することの大きな意味は2つあります。

リアルタイムで利益が把握できるということと、部門別で(取引単位で)利益が把握できるということです。

売上原価対立法と部門別損益

部門別損益くらいどこの会社でも管理してるでしょ、と思われるかもしれませんが本当にそうでしょうか?

よくよく考えてみると、部門別に正確な損益を把握することは三分法を使う限り意外と難しいことがわかります。

仕入と在庫の差し引きで売上原価を算定するアプローチでは、会計上、営業部門別(少なくともプロフィットセンター別)に仕入と棚卸を行う必要があるためです。

多くの企業にとって、これは実務とは大きな乖離があります。

現代の会社経営において、購買・物流部門が在庫を管理し営業部門が売上を上げる、というのは至って一般的な会社運営の方法です。

特定の部門が集中購買を行い、また、特定の部門が在庫管理を行うことで購買単価や保管費用を適正にコントロールすることができるためです。

一方で、三分法において利益を正しく部門別に把握するためには、期末棚卸資産の金額を物流部門別(倉庫別)ではなく、営業部門別に把握する必要があります。

在庫を持たない会社、つまり売上と仕入がきれいに結びつくような企業においてはそのような運用も可能かもしれませんが、製造業や問屋の機能をもつ卸売業であればそうもいかないでしょう。

部門別損益算出のための仕訳例(三分法の場合)

例えば、物流部門Aが商品Xを@100円で100個仕入れて、営業部門Bと営業部門Cが期中に商品Cをそれぞれ@150円で20個ずつ販売したとき、各部門の売上総利益はどうなるでしょうか?

この場合、商品Xの期末棚卸高は@100円x(100-40個)で6,000円です。

 

仕入れたとき:

勘定科目借方貸方部門仕訳の意味合い
仕入10,000物流部門A仕入 = 100個 x @100円
買掛金10,000

売ったとき:

勘定科目借方貸方部門仕訳の意味合い
売掛金3,000
売上3,000営業部門B売上 = 20個 x @150円
売掛金3,000
売上3,000営業部門C売上 = 20個 x @150円

月次決算(帳簿棚卸):

勘定科目借方貸方部門仕訳の意味合い
仕入(期首棚卸高)0期首在庫なし
繰越商品0期首在庫なし
繰越商品6,000期末棚卸高 = 40個 x @100円
仕入(期末棚卸高)6,000期末棚卸高 = 40個 x @100円

部門別PL:

勘定科目物流部門A営業部門B営業部門C全社 計
売上3,0003,0006,000
期首棚卸高
仕入10,00010,000
期末棚卸高-6,000-6,000
売上総利益-4,0003,0003,0002,000

上記のように、物流部門と営業部門が分かれている場合、三分法では部門別の利益を正しく把握することはできません。ましてや、担当者別やプロジェクト別、得意先別などでの把握も困難です。

つまり、全社を通算することでしか利益2,000円は把握されないのです。

期首棚卸高が0で1商品だけを管理するという例においてすらかつ、上記のような結果となります。いわんや、期首在庫ありで複数商品を管理する場合においてをや、です。(漢文)

部門別損益算出のための仕訳例(売上原価対立法)

一方、売上原価対立法で仕訳を切るとこうなります。

仕入れたとき:

勘定科目借方貸方部門仕訳の意味合い
仕入10,000物流部門A仕入 = 100個 x @100円
買掛金10,000
商品10,000
仕入原価10,000物流部門A※経過勘定

※実務上は商品/買掛金という仕訳ではなく、いったん仕入を計上し、経過勘定を通して商品勘定に振り替えるような仕訳の切り方をします。あとから仕入金額を把握できるようにするためです。

売ったとき:

勘定科目借方貸方部門仕訳の意味合い
売掛金3,000
売上3,000営業部門B売上 = 20個 x @150円
売上原価2,000営業部門B原価 = 20個 x @100円
商品2,000在庫払出 = 20個 x @100円
売掛金3,000
売上3,000営業部門C売上 = 20個 x @150円
売上原価2,000営業部門C原価 = 20個 x @100円
商品2,000在庫払出 = 20個 x @100円

部門別PL:

勘定科目物流部門A営業部門B営業部門C全社 計
売上3,0003,0006,000
仕入10,00010,000
仕入原価-10,000-10,000
売上原価2,0002,0004,000
売上総利益3,0003,0002,000

 

このように、売上の都度在庫払出金額を計算して売上原価として計上することにより、つまり売上原価対立法を使うことで正しい部門別の利益を把握することができます。

この場合は部門別にキレイに利益が算出されます。

月末に帳簿棚卸の処理を行う必要もありません。在庫を払い出す都度、売上部門に正しく原価が計上されるとともに、商品勘定の残高が減るからです。

ERPと売上原価対立法

ERPを使えば、このように、在庫の受払の帳簿と総勘定元帳がぴったり合う形で在庫の払出単価を計算し、適切な粒度で仕訳の形に変換して記帳する、という仕事をシステムがリアルタイムにしかも勝手にやってくれます。

月次総平均で棚卸評価を行っている場合でさえ、月中に売上原価を補正する仕訳が日々起こり、リアルタイムで意味のある部門別PLを把握することができます。

仕訳が起きるタイミングは違えど、このような考え方はDynamicsに限らずSAPでもOracleでも同じです。

広義のERP(個別業務パッケージを組み合わせて1つのブランド名を付けたもの)ではなく、狭義のERP(統合型基幹システム)を利用することの大きなメリットの一つはここにあります。

売上原価対立法についてはこのほかにもいろいろと大事な論点があるのですが、部門別損益を正しく把握するためには非常に重要(というか実は必須)な考え方である、ということがなんとなくご理解いただけたのではないかと思います。

ERPを正しく導入すれば「売上原価対立法でリアルタイムかつ詳細な切り口で売上原価が日々算定される」という状態になります。

業務としてはなにも難しいことはなく、手間が増えることもなく、自然とそのような結果が生まれます。

そして、その背景にある考え方さえ理解すれば、企業の管理会計は一気に高度化されます。

時代は変わる

私が大学で初めて簿記の授業をうけたとき、売上原価対立法なんて実務では使わないよと教授が言っていた記憶があります。

社会人になってからも10年近くずっと私はそのような認識でしたが、ヨーロッパ発祥のERPの世界では昔から売上原価対立法がバリバリ使われていたことを知り、衝撃を受けました。

業務システムの構築においてone fact in one placeは非常に重要な概念なのですが、その中でも利益という数字をone factとして扱うことを考えた場合、基幹システムと会計システムがくっついたシステム、つまり”狭義のERP”をつかって売上原価対立法で利益を把握する以外の現実的な方法はあまりありません。

日本の中小企業においては、基幹システム(いわゆる販売管理システム)と会計ソフトは切り離されて運用されている場合がほとんどで、その遠因は税務目的で会計処理がなされている側面が強いからなのですが、結果的に売上原価対立法での記帳、ひいてはリアルタイムでの業績把握や本当の意味での部門別損益の把握が難しいという状況が生まれています。

しかし、ある日を境に潮目が変わると私は考えています。

日本の中小企業においても、売上原価対立法でリアルタイムかつ詳細な切り口で売上原価が日々算定され、これが業績評価や経営戦略に生かされることが当たり前になる日は、ある日突然訪れます。

2020年に突如リモートワークが当たり前の世界になったように、スマホでQRコードを読んでビールを注文するのが当たり前の世界になったように、フジロックと紅白に同じバンドがでることが珍しくない世界になったように、日本の中小企業に”しーくりくりしー”がなくなる世界はそのうち突然訪れます。

それは来年かもしれないし、50年後かもしれません。

まとめ

・・ということで、ERP導入において避けては通れない売上原価対立法と、それが部門別損益の算出に与える影響(と、世界の変化が突然訪れるという話)について解説してきました。

当社ではERPとBIを同時に導入することで正確な利益をリアルタイムに算出する仕組みづくりのお手伝いをしております。

上記の文章にあまり引かずに、お気軽にご相談を。

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